生物多様性を守るのは、企業の責任

今、破壊的な勢いで生物多様性が失われている。最大の原因は、資源や原料を得るために世界各地で広がっている乱開発である。

人間の経済活動は、生物多様性や生態系サービスに依存しているため、すべて人と企業の問題である。自然環境は、人類全体にとって成長と発展の礎だ。それが永遠に失われる前に、直ちに保護して改善すべきである。この機会を逃したら、経済成長も阻まれる。繁栄か破滅かである。

こうした深刻化する事態を打開するため、企業の生物多様性への配慮が問われており、企業が責任を担うべきだとする声が高まっている。

医薬品や食品のもとになる動植物や微生物など「遺伝資源」は、かつて生態系豊富な場所から自由に持ち出され、研究・開発されていた。しかし勝手に持ち出して利益を上げるのは海賊行為である。

生物多様性条約の目的のひとつに、「遺伝資源」の利益を原産国と利用国が適切に分け合う仕組みづくりを掲げている。

国連地球生きもの会議(COP10)が名古屋で開催されたが、これまで日本は、自然保護に高い関心を払わない国だと数えられていた。そのため、今回の日本開催には、NGOから「ホスト国にふさわしくない」と批判されていた。

議長国の日本は、事務レベルでは出来ない荒業で、資金を求める途上国に対し「途上国支援金(既存のODA支援による看板の付け替えにすぎない)」という交渉カードを巧みに使い、「遺伝資源」の利用を定める「名古屋議定書」と生態系保全の世界目標である「愛知ターゲット」を各国に合意させた。

昨年末の気候変動枠組み条約会議(COP15)は、議長国デンマークの運営のまずさで頓挫したが、今回の生きもの会議では、各国代表の「コペンハーゲンの失敗を繰り返すな」という強い意識が議定書の背中を押した形だ。

「遺伝資源」の利用を定める「名古屋議定書」は、原産国に金銭を還元して利益を分け合う国際ルールだ。この利益配分をめぐって、先進国と途上国が激しく対立した。

先進国に資源を持ち出されてきた歴史がある途上国は、生物多様性の損失による打撃は大きく、悲惨な影響を受けるため、より厳しいルールを主張している。植民地時代から動植物を持ち出して、利益を上げていた先進国への不満は根強いからだ。

レアメタルやチョコレートなどの資源がどこから来ているのか、消費者は知らない。資源獲得の裏で、ゴリラやオランウータンなどの森が失われていることも、内戦や国際紛争が起きていることも知らない。

中部アフリカのコンゴでは、金やダイヤモンド、レアメタルの開発利権が絡み、周辺国も介入し、国際紛争に発展している。

携帯電話やパソコンなど幅広い電子機器に使用されているレアメタルの採掘が、武装勢力の資金源となっているからだ。7月に成立した米国の金融規制改革法で、コンゴと周辺国原産のレアメタルをとって利用した企業は、有価証券報告書の中で報告する義務を負うことになった。そのため、アップルやヒューレット・パッカード(HP)、ソニーといったハイテク企業や電子機器メーカー、部品産業などに影響が広がっている。

企業が途上国から調達した原材料資源のサプライチェーンに関する情報公開で、社会的責任を課せられたのである。

欧米でのCSR(企業の社会的責任)の背景には、social license to operate(社会的な操業許可)という考え方がある。企業は社会からのライセンスがあって初めてビジネスが許されるというものだ。このライセンスは目には見えないもので、企業は社会からの期待に応えることでこの暗黙のライセンスの維持を図っている。

しかし今や生物多様性保全は、企業の責任になっている。CSRでなく、本業で生物多様性に取り組まないと、消費者から支持されない。生態系を犠牲にしない経営を実現できるかが問われている。

消費者は、トレーサビリティを示す認証マークなどで企業の製品が生物多様性に配慮したものかどうかを見分ける必要がある。

日本企業は、地球温暖化対策に比べ、生物多様性への「気づき」が足りない。生物多様性という意味が企業活動にもっと浸透すれば、社会を変える力になる。

具体的な行動に移ることが日本企業に求められている。「名古屋議定書」はそのきっかけになる。