日本の大手企業がソーシャルビジネスに本腰

貧困や環境の変化といった社会問題を解決しつつ、利益を生み出す「ソーシャルビジネス」に、日本の大手企業が本格的に取り組み始めた。

日本では、NPOベンチャー企業が「ソーシャルビジネス」の担い手であったが、最近、大手企業も関心を寄せるようになった。背景にあるのは、人口減による国内市場の縮小で、成長力の高い新興国を中心に経営の軸を海外に移す大手企業が増えているからだ。

日本の大手企業が、途上国の市場開拓と社会問題の解決を両立できると注目したのは、「BOPビジネス」と呼ばれる事業ビジネスだ。世界人口の約7割にあたる40億人が、年間所得3,000ドル未満の収入で生活している。そうした所得ピラミッドの底辺層(Base Of the economic Pyramid)の人たちに、食料、保健医療、情報通信、エネルギーなど、さまざまな分野で生活の改善につながるモノやサービスを安価で提供する「BOPビジネス」が世界で注目を浴びている。その市場規模は5兆ドルと言われている。

「BOPビジネス」は企業やNGO の資金や技術、ネットワークを活用することにより、社会的課題の解決をより効果的かつ効率的に達成することが可能とされている。

しかし日本は「BOPビジネス」への取組みが遅れている。その要因のひとつとして、日本企業のハイエンド志向が強いことにある。特に製造業は、最先端の技術を用いた高機能、高品質の製品開発に傾注し、国内や先進国のハイエンド市場を相手にしてきたため、BOP層を対象とする製品や技術の開発には資源を注いでこなかった。そうしたオーバースペック製品は、BOP層ユーザーのニーズや生活スタイルにそぐわないため、単一機能、簡易なメンテナンス性、低価格を志向する技術戦略を持つことが求められている。

ハイエンド志向が強い日本企業には、発想を180度転換することが必要だが、既にインド、中国といった強力なライバルが存在する。彼らのほうが、日本人よりBOP商品の開発に長けている。

もうひとつは、企業とNGOの連携の弱さにある。NGO は途上国の現場におけるネットワークづくりや情報収集、普及啓蒙活動などにおいて、重要な役割を果たしている。欧米のグローバル企業は、NGOや開発援助機関と連携してその専門性やネットワークを活用することで、販売やメンテナンスの新たなネットワークを構築している。日本企業はこれまでNGOとの連携が活発でなかったことから、このような役割を担えるプレーヤーが少ない。

しかし途上国側には、「BOPビジネス」に対する批判や不満が強い。先進国企業は、途上国を新しい市場としてしか見ておらず、利益のために貧困層の生活に不要な商品を売るとの不満が出ている。また「BOPビジネス」は、収益を吸い上げて株主への配当を回すため、現地に利益を還元しないことに対する批判が根強い。

こうした指摘を受けて、日本の大手企業の中には、「ソーシャルビジネス」の看板にこだわるようになった。「BOPビジネス」と「ソーシャルビジネス」は、どこが違うのだろうか? 

「ソーシャルビジネス」を行なう企業は、利益最大化を目指す一般の企業とほとんど変わらないが、「ソーシャルビジネス」によって発生した利益は投資家に渡るのではなく、ビジネスに再投資される。すなわち単なる利益最大化ではなく、関わった人々の生活のために社会的恩恵を生み出す目標を追及するところが決定的に異なる。

衣料品店ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井会長が、「貧困層の一番の問題は、稼ぐ方法がないこと。そのチャンスを作る」とし、バングラデシュグラミン銀行合弁会社「グラミン・ユニクロ」を設立し、バングラの雇用創出などにつなげる「ソーシャルビジネス」事業を始めると発表した。会見に同席したグラミン銀行総裁のムハムド・ユヌス氏は、「日本企業との合弁第一号。他の日本企業に社会的事業をアピールすることにつながる」と強調した。

「グラミン・ユニクロ」は、現地でTシャツや女性用下着、学校の制服などを製造して、グラミン銀行の債務者ネットワークである農村部の女性を通じて製品を販売する。生地の調達から製造、販売まですべてをバングラデシュで行うことによりコストを削減し、「貧困層に手の届く価格」という約1ドル程度で販売される。「グラミン・ユニクロ」が利益を出したとしても、それらはすべてバングラデシュのビジネスに再投資される。

「ソーシャルビジネス」の取り組みは、企業の社会的責任をアピールすることに注力する欧米で広がっているが、日本企業には本格的な事例が少なく、ファストリのように収益を吸い上げずに現地に再投資する本格的な「ソーシャルビジネス」は日本企業では初めてある。

世界で評価される一流のグローバル企業になるには、「ソーシャルビジネス」などを通じた社会的貢献が不可欠である。グローバル化を急速に推進するファストリにとって、海外の反発を受けない形で展開する狙いもあり、「ソーシャルビジネス」への進出はマイルストーンなのである。